アラズヤ商店

日々のナマキズ

全然何ともなくただ事ではない毎日

第一波の終息を待たず更新が滞り、第二波の終息を待たずしてヒマすぎて思い出した更新だとか。

 

ほぼ、ちょうど三か月。

長かったのか、短かったのか。

 

へんなウイルスの名前を吹き込まれて以来を思うと、あっつう間、という感覚知はそれほど不正確でもなさそうな気はするのだけれど。

とはいえこの三か月、あたしはたぶんそれなりに慌ただしかったはずなのです。

 

”慌ただしいかった” イコール ”あっつう間”

 

といった似非公式は、あたしの感覚知においては必ずしも当て嵌まりません。

少なくとも、そんな感じ。

 

 

5月。

5G。

ウソです。

5月にはお店の収益体制をガラリと入れ換え、”サブスク” なる軽薄にもほどがある通り一遍の収益体制を従来からのお客さん全員に強要いたしました。

それによる失脚率、およそ三割。

もちろん感覚知なので、いちいちデータになんか出してはいません。

何しろ、興味がありませんから。

 

そんな事実にも、お客さんにも。

 

平気で酷いことを言うクソ商人。

ええ、言われなくともわかっていますとも。

あたしはかねてよりそういった態度であることをはばからず言明し続けてきたつもりですから、”今頃気付いたか、馬鹿め。いや、時代遅れ風情が” とうやはりはばからず言明せずにはいられないものなのです。

 

6月。

6月には、三十年ぶりにある場所に向かうこととなりました。

 

”自動車教習所”

 

いえ、免許取り消しになったとかそんな物騒なハナシではありません。

齢48にして ”バイクの免許を取得する” というとんでもなく物騒な魂胆にまみれてしまっただけです。

”学校”

よき響きではありませんか。”学校”

お世話いただいた教官の方々のほとんどが、あたしよりも年下だったことは言うまでもありません。

しかしながらあたしこそは ”教習生”

その立場にあやかりおもねりひざまずき、ここぞとばかりにご厄介になりまくる結果とあいなりましたわけです。

 

卒検、二回落ちました。

 

恐らく世間では稀なタイプの現象のように思います。

しかしながら、”卒検落ちる” とはつまり、”このまま路上に出たら、おまえ死ぬぞ” というその思し召しと受け止めたあたしはこんなときこそ汚らしい年甲斐を発揮するべきなのではなかろうかとすっかり腐らせた根性をもはや腐らせる余地もなく、二度にわたる稀な現象を無事乗り切り、いや、無事でもなく何とか乗り切りそして8月、ようやくバイクの免許を取得する運びとなったのでした。

三十年ぶりの”教習所”

通うことは大変でしたが、思っていた以上に楽しかったのです。

 

そんな間の7月。

高校を卒業して以来三十年間乗り続けてきた ”クルマ” という文明の利器に別れを告げました。

 

車検が切れたからです。

 

ならばと言って、車検を取得することも、新しいクルマを購入する気にもなれなかったのです。

”田舎だから、クルマがないととりあえず暮らせないじゃんか”

という無思考な倫理に、ずいぶん前から反発したいとずっと考えておりました。

馬鹿なので。

その時が来た、といった感覚でした。

疑いようもありませんでした、これっぽっちも。

 

 

5月、6月、7月と、ひたすらに意味がわからない批判や疑問にさらされ続けてきた気がしています。

とはいえ、何か挑発的な態度をとられたとか、評判を損ねるような振る舞いに汚されたとかそんな物騒なハナシではありません。

ただシンプルに、”鼻で嗤われた” とか、そんな程度のことには違いありません。

しかしながら、あたしはただ個人的に ”つまんねえな” といった感覚知をひたすら自らに刷り込み続けるしかなかったような気がしています。

 

大したことではない。

 

もちろん自分でもそんなことはわかっているのだし、そこに払いたがるものの丈の違いだ、ということもわかっているつもりなのです。

あたしには、例えば ”クルマ” というものが当たり前に要求するコストのようなものが、あまり ”便利” とか ”快適” なモノとは思えなくなってしまった、というだけのことに違いないのです。

けれど案外世間はそんな程度のことに、ささいな疑問を隠そうとはしないものなのでした。

何なら、”どうせ” などといった言い方を含めた何やら願望的な批判的気配すらも案外隠そうともしないものらしかったのです。

もちろん、そんなことで傷付いてしまうモノも、人もあったものではないのだけれど。

 

バイクは多分、メジャーなキラワレモノです。

道に出てみて、実感しました。

それはつまり、”なくてもいいもの” というそんな阻害に近い感情のようなものなのだと思います。

”邪魔だな” とか ”馬鹿っぽいな” とか、そんな常套染みた先入観が思いつかせる阻害。

 

だって、仕方がないですよね。

その為にいちいち時間とお金と手間と精神をすり減らしてようやく手にしなければならない資格を以て乗るもの、操るもの。

自分がその世界の側にいないと思えばつまり、それは阻害するべき対象になりがちなことを想像するのはそれほど難しいことではないはず。

つまり、”自分以外が仕出かしている” という共感のなさが思いつかせること。

”もうクルマには乗らない”

そんな思い付きこそ、こんな田舎では圧倒的 ”自分以外” という共感の欠片もないとんちき極まりない奇行に違いないはずなのです。

 

だからって、それが一体何なの。

 

この三か月間、ずっとそんな些細なことばかりを思い続けながら過ごしていた気がしています。

その結果、毎日乗るバイクの緊張と興奮と面倒と不安と、願望。

まさかこの歳になって、こんなにドキドキしながら道を行くことになろうとは。

おかしなことを言ってしまうと、あたしはこの歳になって ”バイク” という憧れを取り戻して、道を走りたかったのか、人生を駆けたかったのか、その区別が上手くつかなくてここ最近、気分が常にふわふわとしてとどまりようがなく、とにかく夜はよく眠るようになりました。

そもそも寝すぎなところをさらに、眠るようになりました。

 

バイクは危ない。

あたしの人生も危ない。

 

けれど、そんな人生にはずいぶんとなれてしまった気がしているので、バイクになれるのも時間の問題だと思っています。

道を行けば脊髄反射のような疎外や蔑視をややも敏感に察しがちなところは自分の人生の感じとよく似ているけれど、結局のところそうなりたくてなっていることもまたよくにているのだからどうということはない。

 

”自分以外” ということについて、ひとまず批判や疑問を隠したがらないということは、”それを持たない” という慣れなさとか苦手さの裏返しに過ぎないことくらい馬鹿なあたしですらわからないでもないことなので、例えばバイクとか、教習所に通えばだれでもそれを自分の ”何か” に出来るなんて、なんて頼もしいことなんだろうか、と。

 

未だにはっきりとはわからないのだけれど、こんなちっぽけなことが毎日の生活に与える刺激や混乱という威力はまったく圧倒的で、とりあえず気が抜けない。

そんな不確かさばかりの中で、次は何をしようか? とさっそく考えているわけです。

 

あたしこそ、”自分以外” のことに付き従う程度のことなど少しも面白くない、などと考えたがる性悪で悪辣な生物に違いないらしいのです。