アラズヤ商店

日々のナマキズ

スマホでも読める、とかそういうハナシではないです

昼食のあとには、30分だけでもいいので読書をしたい、ということにしています。

 

ついついスマホを手にしてしまいたくなる現代人として普通に危機を感じるなら、努めてアナログに、”読書”

面倒くさいです、実際。

 

電子書籍ではなく、”紙”の読書。

面倒臭い、ページめくるの。

まさか、そんなはずがあるわけないじゃないですか。

 

めくりたいんですよ、ページを。

 

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去年あたりから、津村記久子さんにどっぷりとヤラれています。

今は”ポースケ”という作品を読んでいます。

毎日少しずつ読み進めているのですが、少し長めのおハナシなのでなかなか終わりません。

津村さんのおハナシは、あんなエピソードやこんなエピソードといった小噺が何の脈絡もなく折り重ねられる風に語られる筆致が多い気がしているんですけど、読み終えてみるとその一つ一つがおハナシ全体の様々な要因の伏線として繊細に機能してちゃんと一つに結ばれる、そういう静かで強かな設計の妙がずば抜けて秀逸で、読み終えた瞬間に腑に落ちるその”静かで濃い”感じに、すっかりヤラれています。

 

 

文庫しか買わないタチなので、新刊とは縁遠い読書スタイルなので、勝手に”浦島読書”とか言ってます。

 

村田沙耶香さんの”コンビニ人間”とか早く読みたいんですけど、ハードカバーで読む習慣がないので、文庫で村田さんの旧作から読み込む予定。

 

 

読書は、本当は好きではないんです。

だって、面倒臭いじゃないですか?

1日24時間しかない中で、ただ”文字を読む”ってことに、現代人の暮らしはどれほどの時間を許してくれると思いますか?

みなさん、忙しいんでしょ?

 

 

あたしは、案外ヒマなんですよ、多分。

だから、”読む”時間は何となく作れるだけなんだと思うんですけど。

 

 

”読書”という世界は、知らないことばっかです。

 

もうずいぶんと長いこと生きてきているつもりなんですけど、”何にも知らない”ってことさえ知らないんだな自分は、っていう絶望が”読書”にはあります。