アラズヤ商店

日々のナマキズ

欲しいもの、わかってんですか? その2

 

”どうせ買うなら安く買えた方が嬉しい” っていうのは当たり前みたいな人情なんですよね多分。

 

でも、せっかく欲しいものなのにそれを ”安く買いたい” っていうことは、考え方次第では ”それ以上の価値を認めたくない” っていう意思の表明とも取れないでもないんですよね、例えばあたしら ”商売人” っていう立場からヒステリックな感情を憚らず見せびらかしたりしてみたものなら。

 

そういった ”要求” を、買い手からの ”要求” のようなものを ”適正価値” のようなものに易々と入れ込んでいくと、結局目減りするしかなくなるんですよ、馬鹿でもわかることなんですけど。

 

つまり、”儲け” ってことなんですけど。

 

 

その目的に即したものを ”適正に” 差し出したいのに、欲しがる人は出来ることなら ”安く” 手に入れたい。

生活防衛意識。

節約。

お金もったいない。

 

買いたい人は守りたがるけど、差し出す側の原価は下がらないんですよ。

当たり前なんですけど。

でも、必要な儲けはやっぱ必要。

 

じゃあどうしたらいいの?

 

 

なんていう企みが例えば ”商才” ということなら、大層逞しいものだとは思いますよ。

でも、ときと場合によっては ”偽装” とかしちゃうんでしょ。

材料費なり、人件費なり、圧迫されるものをごまかしたくなっちゃったりもするんでしょ。

けしからんっ、って朝から全国民に向けて弾劾よろしく晒されちゃうんでしょ。

 

悪いことは、悪いですよ。

やりたくないもんです、そんなことは。

 

 

だからって、そうはさせない、するべきではない構造については一体、誰が考えるべきなんですか。

 

欠陥住宅だった。

でも入居した人は、自分の意思で決定してるんですよ。

条件に見合ったから、決定したはずなんですよ。

その ”条件” っていうもは、一体どういった経緯で実現されているんですか?

その手段がまちがっていたから、糾弾されてしまうわけじゃないですか。

 

糾弾されるほどの手段を企ててようやくバランスが取れるらしい ”適正価格” のようなものを欲しがったのは、一体誰なんですか。

パッと見の条件に納得したがるけれど、それが実現される実状を知らされて荒ぶる ”けしからん” が、個人的には少なからず滑稽に見えないでもなくて、困っているんです。

 

経済って、そういうことなんですか。

 

 

 

ダメージレスとか、髪質改善とか、みんな信じたがるじゃないですか。

それは ”願望” だと思うんですけど、その ”願望” を ”要求” に履き違えて、目的や価値にすり替えたがるのは、差し出す側も欲しがる側も、なんとかパレスの背景となにも変わらない気がしてるんですね、個人的には。

 

”ダメージレス” なんて堂々と謳われて、喜んでお願いしてみたけどチリチリになっちゃったら怒るんでしょ?

当たり前ですよね、失敗なんだから。

 

だからって、”ダメージレス” なんてことをさも価値らしく謳わせるのは誰なんですか?

謳いたがるのは誰なんですか?

 

パーマもカラーも、どうして曲がるのか伸びるのか染まるのか、その仕組みを知っていれば ”ダメージレス” なんて嘘っぱちなこと、言えるはずないんですよ。

お金頂いてお仕事させてもらう立場として。

当たり前ですよね。

 

でも、謳う側だって嘘つきたくてついてばかりでもないはずなんだし、そうして一つでも話題になりそうなこと、注目されそうなこと、つまりそのお店の ”価値” として認めてもらえそうなことをどんどん打ち出していかなければ、お客さん、来てくれないじゃないですか?

他の店じゃない、自分の店を選んでもらえないじゃないですか?

 

 

世の中に起こる例えば ”消費者被害” 的な問題のあれこれって、構造的に見たらどれ一つとっても別ごとのようには思えないんですよ。

個人的には。

根っこにあるものは、みんな同じのような気がして仕方がないんですよ。