アラズヤ商店

日々のナマキズ

自然の脅威でも死なない方法

またしても、足場だ。

リニューアルから6年、またしても足場を組まれてしまった。

 

入居しているビルが、またしても足場に覆われてしまったのだ。

雨水の構造漏れと、再塗装工事

実に、2度目である。

言う割に、それほどインパクトのある数字でもない。

 

しかしながら、これは商売なのだ。

商売処が覆われてしまう、ということはつまり、商売がスポイルされてしまうということに他ならない。

商売人にとってそれは、“死”を意味する。

 

そう、とても大袈裟なハナシだ。

個人的に死にたくなったような経験は割と少なくない、まあまあエキセントリックな性分の持ち主であることは十分に自覚している。

だからといって、死んだことは一度もないのだから当てになったものではない。

むしろ軽薄なくらいだ。

 

 

6年前のリニューアル間もない頃の”足場攻め”には、まじでアタマを悩ませたものだ。

何しろ、開業して間もなく全てが足場で覆われてしまったのだから堪ったものではない。

画的には開業、即閉店だ。

エキセントリックにもほどがある。

しかも、その施工業者に完全にナメられていたウチの店は“営業中”といった看板やノボリのようなものも工面してもらえず、もちろん完全無欠の内弁慶なあたしがそれについてクレームを申し出ることなどできるはずもなく、結局工事期間は2ヶ月にも及んでしまう。

思い返すだけで死にたくなる。

そう、ウチは始まったことすらなかったかのようなスタートを切らされたのだ。

もう何だか、神さまに嫌われているとしか思えない。

あたしの往年の秘技とも言える“天に向けて唾を吐く”が久々に炸裂した瞬間だった。

 

 

あれから6年。

思えば苦難の歴史はその時すでに牙を剥きつつあった、といったところだろうか。

食いつかれてしまったのだろうか、まんまと。

しかしながら、開店資金の借り入れの返済も無事に終え、この春には7年目(通算15年目)に突入するのだ。

死にたいだけで全然死なない。

所詮性分のままに生きているだけと思うと、何だか清々しくなくもない。

サイフの中身が相変わらず清々しいことはシャレにならない。

 

 

そんなタイミングでの”足場攻め”再び、である。

 

 

 

なんのなんの。

 

 

 

6年前、店を覆われたあたしはその翌年の冬には記録的な豪雪被害に見舞われることになる。

”一週間無収入“という地獄の到来だ。

自然の脅威による経済制裁、もう完全に意味がわからない。

何を制裁されたのか、もちろん心当たりなどあるはずもない。

しかし現実は粛々と執行され、周囲の景色は白一色に包まれて音さえ失う。

まさに幻想的地獄の世界で、あたしは死にかけたのだ。

現金収入のその日暮らしにとって、一週間無収入はまさに“死刑執行”に等しい。

“宣告”ではなく、“執行”であることがキモだ。

自然の脅威は容赦ないのだ。

アマゾンの奥地だのチョモランマのデスゾーンなどにわざわざ足を運ぶまでもなく、日常レベルでも人間は自然の脅威の前で普通に死にかねないことを身を持って体験してしまったあたしが言うのだから、なかなかの説得力だと思いませんか、そこのあなた。

え、お給料で生きてるからどうってことなかったと。

実にうらやましい、給料こそ無敵。

 

なるほどしかし、自然の脅威はある日突然容赦なく襲いかかってくることだけは、何となくでも覚えておいて欲しいのである。

本当に、いきなりヤラレるから。

 

 

6年間。

死にそうになっただけで、死にませんでした。

人生なんて、所詮その程度のものなのかもしれない。

神さまは、たぶんあたしのことがまあまあ嫌いなだけなのだ、たぶん。

 

これからも、何度も死にそうになるのに決まっているのだ。

そして、いつかどこかのタイミングで本当に死ぬ。

 

 

7年目を迎えるにあたって変わったこと

看板を塗りつぶした(ただの白無地の板になった)

電話をやめた(テレアポの頻度が尋常ではなくなってきたから)

宣伝やめた(そもそもろくにやってない)

平日の昼間は営業しなくなった(一番エキセントリックな施策)

 

 

何だか、こうして書き出してみると確実に“死”に向かっている気がするのはただの気のせいだろうか。

店の入り口はLINE@のみになってしまった。

となると、新規顧客の自然流入の可能性はほぼゼロだ。

死にたいのだろうか。

 

 

足場のせいで、店の中が普段より心なしではなく実際に薄暗い。

だからと言って、そんなことはどうでもいいのである。

新規の流入経路を絶ってしまった以上、建物の有り様なんてまさにどうでもいいことなのである。

我ながら実に柔軟で掴みどころのないスタイルを手に入れてしまったものだ。

まじで新しい。

天才かもしれない。

 

そうではない、そもそも関心を集めていないだけだ。たぶん。

関心を持たれないまま、静かに死にかけていたら、今度こそ本当に死んでしまうかもしれない。

 

天才かもしれないので、何か超絶新しい営業スタイルを発明しなければならない。

足場に覆われても死なない、新しいやつだ。