アラズヤ商店

日々のナマキズ

心のエサ

久々に”アイデン&ティティ”を観て、ほんのり涙ぐんでしまった。

日曜日だというのに、そんな余裕をかましていられるあたしの鋼のようなメンタルを涙ぐませるみうらじゅんはやはりただ者ではない。

全てをめちゃくちゃにしてしまうステージのシーン。

それを画面の向こう側で見つめながら嬉しそうに涙ぐむ彼女。

 

 

羨ましい。

 

 

麻生久美子さんの愛らしさと、峯田くんの朴訥としたタダの犬みたいなキャラによる絶妙に清潔なマンガみたいな関係。

二人は、マンガである。

いや、漫画と書くべきなのかもしれない。

そのくらいベタベタなのだ。

ベタ塗りみたいな世界だ。何もかもがだ。

だからこそあたしはまんまと涙ぐまされてしまうのだから、何だか自分で自分が恥ずかしい。

だからといって、ごまかせないのだ。

何しろあたしは超ド級の臆病者なので、もろに食らってしまうのだ、こういうの。

白状してしまおう。みうらじゅんさんへのリスペクトを込裏切れないので。

世の中が当たり前に知りながら、所詮遠ざけてしまいがちなものに思いがけずジュンとさせられてしまうのは、惜しんだ勇気とか、後悔とか、知りながら手に入れあぐねた羨望とか、そんな感傷が思いつかせることに違いないのだ。

そう、つまりこれはあたしの後悔ということだ。

もういい歳だから、くる。キテしまう。

我ながら後悔のツボがあまりにも普通すぎて絶望的な気分なのだが、絶望し切れないほどにはトンマに仕上がってしまった実感の方がスゴすぎて、何だかファンタジーだ。

この観賞後感は、ファンタジー映画を見終えたときのやつだ。

トンマにもほどがある。

 

 

 

美味しいものでも食べて、そんなトンマすぎる感傷など誤魔化してポイしてしまおうシャレにならん。

 

 

 

いやいや、ちゃんと働け。

働いてから食え。