アラズヤ商店

日々のナマキズ

仕事どころではない

商売は好きではない。

商売は好きではないのだけれど、お店が好きだからもう少し続けたいと思っている。

 

お店に来るのは商売のためもあるのだけれど、近頃の目的の筆頭は完全にドラムの練習で、はっきり言ってそれ以外のことはほとんどやりたくない気分の日がほとんどだ。

筆頭どころではない。

 

とはいえ、ドラムはただの趣味でしかないから、お金を一円も生まない。

それにひきかえ、あまり好きではない商売の方は自慢できるほどではないけれど、わずかばかりとはいえお金を生んでくれる。

家賃とその他経費くらいは稼いでくれる。

儲けはほとんどない。

つまり、趣味と大して変わらないことに変わりはない。

 

どういうことだ、これは一体。

 

 

いずれにしても趣味でしかないのなら、心ゆくまでドラムを叩いていたいものだ。

しかしながら、いくらドラムを叩こうが、その腕前を上達させようが、趣味であるからにはやはり一円も生まない。

何なら、エレドラだから電気代が掛かる。

一方、あまり好きではない商売の方は、やれば一先ずお金が稼げる。

やればやるほど稼げる。

慈善事業ではないのだから、当たり前だ。

社会性は人並み以上にずさんなタチだ。

 

 

つまり"趣味"と一言で言っても、どうやらその性質には慈善活動的であること(専ら自分向けということではあるのだだけれども)と、資本主義に基づくドライな性質なものという大別二種があるらしく、慈善的なものはプラス要素もマイナス要素もなく端的には時間について浪費的で極めて現状に依存的なのであって、資本主義に基づくものについてはプラスとマイナス、つまり行為に対する結果が常に反映されて端的には経済効果を生み、その影響はほぼ人生そのものということになる。

 

人生。

実に生意気な着地だ。

そんなもん、わかったものか。

ボケが。

 

 

今現在のあたしの人生なるものは、どうあれ趣味に支えられている。

“ドラム叩きたい”

"お店が好き"

実にシンプルな欲求である。

 

あたしの住まいは宙に浮いている(マンション住まいということ)。

つまり、ドラムなんてひっぱたいた日には、烈火のごとく苦情が襲いかかってくる環境ということだ。

隣の家の犬コロがうるせえ。

 

お店は快適なのだ。

宙に浮いていない(一階ということ)且つ、夜には隣人が不在(ドラム叩き放題ということ) 

もはや極楽浄土だ。

 

 

あたしの極楽浄土を守りたい。

あたしは三蔵ではない。

すでに辿り着いたものだ。

何も生まない極楽浄土を、あたしは守りたい。

家庭すら守りながら。

 

商売は、好きではない。

でも、髪を切ることは大好きだ。

実に矛盾している。

そんな矛盾を、ドラムが繋ぎ止めてくれていると言っても過言ではない。

ドラム叩きたいから、髪を切る。

我ながら、もはや何を言っているのかさっぱり意味がわからない。

 

人生なんてものこそ、さっぱりわからなくてたって無理もない。

そんな気になってくる。

 

 

今日も慈善活動だ。

経済効果を摘みつつ。

 

BiS解散のキズは未だ癒えない。