アラズヤ商店

日々のナマキズ

Boneにまつわるハナシ

柔軟しないと死ぬんである。

実に脆い話だ。

それはあたし自身のことではなく、あたしの腰のことだから命に別状はない。

いや、ずいぶんおかしな話だ。

死ぬということは命に別状なくないことなのだし、あたしの腰はあたし自身のことなんである。

のっけから日本語がおかしいと、早く書くのをやめたくてウズウズしてきてしまう。

休み明けというものは、そういうものなんである。

 

 

昨日まで三日間お休みをとって、ひたすらゴロゴロしていた。

お盆らしく、ゴロゴロしすぎた。

酒を飲みすぎた。

寝すぎた。

録画した番組を片っ端から観倒す計画だったが、結局戦うスポーツ内閣とべしゃり暮らしの一話と二話しか観なかった。

意志薄弱すぎて我ながら萎える。

 

そんなことだから、腰にキてしまうんである。

もともとかなり悪かったあたしの腰がここ三日間、悲鳴を上げているんである。

おとといの朝は、もはや大人ではなかったんである。

大人ではない腰の痛みとは、いかなるものか。

それは、“ままならない”という状態を指すんである。

 

考えていただきたい。

いい大人が、やりたいことがままならないんである。

もはやそんな状態を、赤ちゃんとか園児レベルと断じずに何としたものか。

それに明確な反論を持つものはすべからく、腰痛なんて知らないんである。

はっきり言ってあげよう、そんなのはお子ちゃまだ。

ちゃんと元気に遊んで育ってこなかった、守りに守られて無事中の無事に暮らすただのお子ちゃまなんである。

 

いかん、あまりの腰の不調のせいで感じが悪くなってしまった。

腰痛、恐るべし。

もはやその痛みの前では、あたしほどの人格者もままならなくさせられるんである。

ままならなかったんである。

何だろう、このフワフワした感じは。

 

 

中二の頃から痛いんである。

しかも、その原因もはっきりしているんである。

何しろあたしは元気に遊びまわる子どもだったので、お子ちゃまのままではいられなかったのだ。

”チャリ“という最高の相棒に出会ってしまったからだ。

すでにショボい予感がすごいでしょ。

そうなんである。

あたしの腰の不調の原因は、チャリですっ転んだことによるものなんである。

エピソードとして、だいぶ恥ずかしいタイプのやつだ。

 

 

ハングオン”という言葉をご存知であろうか。

ときに、ヨーロッパ圏では“ハングオフ”と、まるきり逆さまのようにも言われる言葉を。

あたしは子供の頃からバイクにいたく憧れていたことは以前の記事でもお伝えした通りなのだけれど、そんなあたしは熱心に遊んで回る子どもだったせいで、チャリをチャリとして乗ることに飽き足らず、チャリをまるきりバイクの如く乗り荒らし始めたんである。

そこに登場するのが、“ハングオン”なんである。

コーナーを曲がる際、傾斜させたバイクよりさらにカラダを内側に落とし込んで、つまりお尻をズリ落とすような形になるのだが、そんなバイクにぶら下がるような状態に身を預けることによってバランスと遠心力をコントロールして、より速くコーナーを駆け抜けるために考案されたテクニックなんである。

ちなみに世界で一番最初にそれをやったのはケニー・ロバーツという男である。

時代を作った男、キング・ケニーである。

しかしながら、あたしはそのわずか三年ほど後に彗星の如く現れたフレディ・スペンサーというちょっとアタマオカシイみたいな走り方をする男の方が、好きだった。

“キングを倒すためにグランプリにやってきた”と豪語した彼は、グランプリに挑戦して二年目のシーズンに、シリーズ17戦のうち16戦目までをキング・ケニーと8勝ずつ分け合い、そして最終戦、最後のコーナーで彼を抜き去り見事にチャンピオンに輝いたのである。

当時まだ小学生だったあたしがそんな事実に触れることはまだしばらく後のことになるのだが、数年後に触れた事実でも、あたしをメロメロにするには十分なインパクトだったんである。

そんな彼のアグレッシブな走りは、コーナーの内側に突き出した膝は愚か、お尻まで擦りかねないほど内側に落とし込まれた極端な“ハングオン”スタイルだったんである。

そして、そんな彼の極端なスタイルのさらに上をいくぶら下がりスタイルで名を馳せる男が現れる。

“ランディ・マモラ”

彼もまた極端に荒々しい走りを信条とした……やめよう、何を語っているんだあたしは。

 

 

つまり、あたしはそれをチャリでやったんである。

近年では“チャリドリ”と呼ばれるチャリによるドリフト走行などもあるけれど、あたしがやっていたのはそれではなく、オーソドックスなグリップ走法によるガチレースである。

幸いなのか馬鹿の渡に船なのかよくわからないが、あたしが育った地域は山の麓で、すこし道を上がると車の往来が皆無に等しいカーブが連続するような山道があちこちにあり、あたしと友人たちはそれをコースに見立てて、とにかく速く走ることだけしか考えられないどうもなんか足りないみたいなパラッパ集団にあっという間にポケモン進化したんである。

珍走属性のサーカスポケモン爆誕である。

彼らの毎日は、レースなんである。

そう言ってしまうと何だかカッコいい気がしてくるが、普通より少しアタマの悪い厨二のただの戯れである。

とにかく、チャリを倒しまくったんである。

細いタイヤの限界までチャリを倒しまくり、倒せば倒すほど速く走れる気がしていたんである。

バイクのそれの如く、チャリでも膝を擦る日がいつか訪れると本気で思っていたんである。

駆ける厨二の青春は、チャリ無くして語れないんである。

そして、あたしはそんな相棒たるチャリと、宙を舞ったんである。

いや、空と言っても過言ではなかったんである。

 

 

ハイサイドクラッシュ”と呼ばれる転び方がある。

名前だけ聞くとなんだかものすごくカッコいい感じがするが、転び方の中で一番やってはいけない転び方なんである。

細かいことは省略するが、単純に説明すると一度横滑りしたバイクが偶然のタイミングで再びグリップを取り戻した瞬間に、つまり横向きでつんのめるようなリアクションによって反転しながら空にぶっ飛ぶ、という狂ったロデオみたいな転び方なんである。

つまり、あたしはそれをチャリでやったんである。

 

 

あの滞空時間は、三十年経った今でもつまびらかな景色なんである。

そしてそんな景色の直後に、あたしの無二の相棒であるチャリは降り注いだんである。

あたしの真上から。

状況的には、チャリによるブレーンバスターからのフライングボディアタックみたいな感じである。

画的に見る対決は人間対チャリのガチレスだったけれど、悲しいかなあたしの本当の敵は、“アスファルト”だったんである。

レスラーたちは極太のワイヤーの如く強靭なロープに体を打ち付け、鉄板の如く頑強にしなるリングに叩きつけられるのだけれど、そこには過酷ながらも緩衝という仕組みは然るべく施されているもので、物好きにもアスファルトの上でバックドロップやDDTをガチで喰らわそうなどとは考えないんである。

 

 

強かに打ち付けられたあたしの腰椎は、激痛とともにヒビが入り、そのおよそ五年後、経年の負荷によって見事に砕けたんである。

 

 

この痛みは、大人ではない痛みなんである。

痛みのあまり、ほんのわずかのお辞儀も叶わない朝は、洗顔の際にTシャツがビショ濡れなんである。

志村けんさんがコントで口に含んだ水をンバっと駄々漏らしたときみたいな有り様なんである。

志村さんはコントだから、大人なのだ。

あたしはただのお粗相なので、全然大人ではないんである。

何なら、少し泣きたいくらいだ。

鏡の中で、朝っぱらから信じられないくらいの勢いでTシャツを濡らしているあたしはそのくらいの悲しみにそぼ濡れている。

いや、痛いんである。

 

 

柔軟をしないと、死ぬんである。

それは差し当たって命には別状のない、ココロのハナシだ。

しかしながら、人は体ばかりではなく、ココロでも死にかねないことはあるんである。

人生半分生きれば、その感触のカケラくらいは心当たりもなくはないはずなんである。

 

朝っぱらから死にたくないあたしは、痛みを堪えつつ慎重に、柔軟を期するんである。