アラズヤ商店

日々のナマキズ

肉もお酒もこなしたうえでのことです

肉が食えない。

 

絶望的な気分だ。

今夜は少しだけ奮発して高い肉を、とは言ってもほとんど毎日行くといっても過言ではないただのスーパーの肉売り場において、少しだけ高い感じのやつ、ということなのだが、そんなやつを勢い買ってしまったのにも関わらず、食えない。

何なら、それだけでは心細い気がして合わせて購入してしまった真空パック詰めのネギ塩ハラミ、というややもジャンクな感じの出来合いの下味付き肉のほうがなんだか旨かった気がしないでもない、そんな絶望をお分かりいただけるだろうか。

 

何だか、新しいパソコン(中古)のキーボードタッチに慣れてきた気がする。

ローマ字入力なら、ほぼスペック通りに近い速度でタイプで来ている。

所詮大した感じではないレベルだ。

暗闇で作業するあたしにバックライトキーボードはほとんど髪の思し召しとか、そんな優しさに近い。

食えない肉を少しだけつまんで、ビールばかり飲みすぎた。

一日おきのブログ更新を、さすがに今日はサボりたいつもりでいたのだが、何だかこうしてことさらに空っぽな記事を無理くりに書き進めている。

合言葉は、”アフィリエイト死ね”だ。

SEO死ね”でも問題はない。

これはただの日記だ。

自分語りは嫌われるとかそんなもの、読者何様だ貴様、と普通に思っている。

あたしは何だか、とにかく意味のないこと、何の役にも立たないことを書きたいと思っている。

長文を読めない奴なんて、人生の半分くらい自分をぶっ殺しているようなものだと思っている。

生きている意味を知りたがるなんて、そんなのはヒマ人だけ戯れに決まっている。

 

 

働きたくない日々が続いている。

働かないわけにはいかないのだが、それは働きたくないという意思とは何も関係などないのだ。

働きたくないけれど、働いている。

今日はわりと、働いてしまった。

それはそれでいいのだ。

働きたくない、の真意はきっと別にある。

 

 

ウチの店には。”右”と”左”がある。

棲み分けとしては、”右”が本業、”左”は、ロクなものではない。

どちらで過ごすことが多いかといえば、”左”のほうが圧倒的に多い。

つまり、あたしの毎日はほぼ、”ロクなものではない”ということになる。

自分ではそのつもりはないのだが、世間的にはあまり齟齬がなさそうなことくらい知っている。

そんなことを、個人的にはちっとも受け入れたくないだけだ。

 

そんな暮らしを、今後安定的に続けていきたいとかなり本気で思っている。

なぜなら、お金より時間のほうが好きだからだ。

こう見えても、”時間”というものを棲み分けることにはうるさいのだ。

ダラダラ働くことも、ダラダラと怠けたがることも同じくらいに好きではない。

いや、何だかまともそうなことを言ってしまった。

言い方は似たようなものだが、意味的にはほとんど逆みたいなことを言いたかったつもりなのだが、ものすごくつまらないまともなことを言っているみたいになってしまった。

日本語 is ディフィカルト。

そうだ、軽く馬鹿にしている。

日本語などというものは極めて誤解が多く、伝えるという性格性に貧しい言葉なのだ。

だからこそ好きなのだけれど、などと言っても誰も信じてはくれまい。

毎日毎日、そういった感情と戦っているようなものなのだ、たぶん。

そういったことに、日本語は何だかとてもフィットしてくれるもののような気がするのだ。

だから他人が割と薄情に笑ってくれようとも、あたしくらいが笑われることをはばかることを嫌っても、どうということもなくいさせてくれるのに違いない。

 

あと十五分ほどで今日が終わるけれど、文字を打つことくらい簡単なので、ノルマだのルーティンなどというものは、事実や目的などとはまったく違うところにある気がするのだ。

政治はわからない。

けれど何となく好きではない感じがわかってしまうのは、ルーティンの意味と似ていなくもないあたしたちという本音の正体のようなものであることを、とてもふさわしく映してくれていやしないだろうか。

くれていやしないだろうか。

日本語はとてもいい、と感じさせてくれるヘンな言い方。

あなたには関係のないことだ。

けれど、あたしはどうせそんなことがしたいのに決まっている、ということをルーティンだと思いたいのだ。

 

怠けてしまうのが、人生の今ころになってようやく悔しいなんて、とてもかなしい。

けれど、割と”左”に長くいるあたしは、かなしいなどという古臭い考え方を、それはつい近頃になってということなのだけれど、つまらないので笑おう、とかなり落ち着いた心境において思っている。

昨日も今日も、割とそんな話ばかりをしていたので、もしかしたら気味が悪くてまたお客さんが減ってしまうのかもしれない、気がしないでもない。

純度が上がるだけだ、と思うことにしている。

もうそんなに、必要だったり、べきとしてあることなんて、そんなには多くない気がしているのだ。

あたし以外の人には、そうでもないことだったとしても、それは昨日も今日も明日もおとといも変わらないことと大した違いはない、ということを言っているつもりだ。

 

あと四分。

推敲はなしで、あしたに任せることにする。

ルーティンなどとは言わず、意地と名付ける。

間違いなく今日の更新となるよう、終わることにする。

 

お酒はおいしい。