アラズヤ商店

日々のナマキズ

増税など、豆乳を飲むよりどうでもいいことなのだ

毎朝、心掛けて豆乳を飲むことにしているのは、この歳にしてわずかに残された健気のようなものに違いなく、それは例えばテレビやネットから駄々流れるあらゆる情報と呼ばれる何某かについて、少しも信用ならない気がして仕方がない感じとよく似ている。

 

意味がない、ということだ。

 

これから壊れることはあっても、今以上に状態がよくなることなどあり得ないというのに、豆乳などという極めて喉越しのよくないものを好き好んで起き抜けの喉に流し込むなどという破廉恥を自ら仕出かしたがるということは、思いがけぬラグビー日本代表の歴史的勝利にまんまと感涙にむせぶことなのだし、消費税増税前の駆け込み需要に感化されなければならないことなのだし、十月ともなればもはや年末だね、などと寝ぼけたようなことを言わずにはいられないことと何も変わらないのだ。

 

 

いや、そんなことは嘘なんである。

 

 

せっかくの歴史的勝利だったが、あたしは録画予約を忘れてしまったばかりに、果てしなく乗り遅れてしまったような気分に沈んでいる。

日本中で盛り上がっているらしい報道を見かけるたびにくやしい。

おまえらズルいぞ、と。

 

 

消費税増税がどうした。

慌てて日用品の類をかき集めるように買い漁る人をテレビで見かけた。

しかも、すべてキャッシュレス決済でポイントだのキャッシュバックだのよくわからないが、そんなものがさらにお得になるのだそうだ。

 

黙れ守銭奴、と言いたい。

 

 

そんなものが賢さだと言い張りたいなら、こちとらすっとこどっこいのスカポンタンで結構なのだ。

 

 

 

やりたいことがある。

それは案外どうでもいいことで、世間においては塵にも満たないことなんである。

そんなものが、消費税などどうして気にしたがるものか。

 

2パーセントで台無しになる何かが、本当にあるつもりならせいぜい必死に生きたらいいのだ。

あたしは2パーセントがかなりどうでもいいサイズの暮らし向きなので、台無しになりそうな気はほとんどしていない。

増税と大晦日の何が違うというのか。

昨日と今日だけを理由に絶対的に変われるものがあるというのなら、積極的にあやかりたいものだ。

何しろやりたいことがあるからだ。

 

昨日と今日で絶対的に変われることなんて、死んでなくなることくらいではないのか。

あの人が消えてなくなってしまうことと、高々2パーセントの増税をまんまと同列で語るな、と言いたい。

 

駆け込み需要など、ささくれの痛みに命乞いをするようなものではないのか。

 

 

 

くそみっともない。

せいぜい損得勘定ばかりで人生をむさぼれ。

 

 

 

ムスメがいよいよ独立する。

順調な事態を期待するなら、これからあたしの生活コストは圧倒的に低くなる。

何しろまともに働かない立場としては、猛烈に新しい事態の転換である。

 

こんなに早く子育てを終了させてくれるウチのムスメは、増税など少しも気にしないタチのものだ。

これから身につまされるタチのもの、とも言えなくもないが。

 

独立にあたって、ずいぶん散財させられたが、余計な進学も選ばせてやれなかった立場としては、罰金にしても安いものに違いないのだ。

人は勝手にたくましくなるものなんである。

ウチのムスメは案外そんなタチのものらしいんである。

 

朝っぱらから、豆乳を飲みたがるようなタチではないんである。