アラズヤ商店

日々のナマキズ

働きたくないのだ

”進化”とは、死なないための”鈍化”なのかもしれない

 

デッドラインは近い。

 

毎日ハラハラしているのだ。

何も不真面目に生きているつもりなど毛頭ないのだけれど、確かにあまり働いてはいない。

 

”働いていない”ということは”怠けている”ということではなく、極めて限定的な表現にはなってしまうのだが、あたしたちのような”待ち商売”というものにとって”働いていない”という意味は、あたしたちでなく”お客さんの意志”によるものなのであって、つまり”怠け者”という表現は断じてふさわしくないんである。

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何かおかしなことを言っているだろうか。

たぶん、いろいろおかしなことを言っているのかもしれない。

 

しかしながらあたしはすでに、そんな”いろいろ”なことを”おかしい”と認識しない領域に住まうものとして進化を遂げてしまったらしいのだ。

それがサイヤ人的スーパーな感じ、あるいは恣意的ポケモン進化なのかどうかはわからない。

それにしても、あたしはこの”ハラハラ”な毎日をかなり肯定的に生きている。

努めて積極的に肯定して過ごすものなんである。

 

 

一歩間違えれば、そこは”鬱”という谷だった

 

にもかかわらず、今日のあたしは極めて健全な思考によって健全な朝を過ごしている。

あたしは猛烈に腰を傷めているので(”痛めて”ではなく、”傷めて”であることがキモなんである)、起き抜けには入念なストレッチと今後のコンディションを願う筋トレが重要なファクターとして指定されている。

 

もちろん指定するのあたし自身だ。

 

どうだ、やはり猛烈に積極的かつ肯定的であろう。

実際には、それをやらなければその日一日腰が死んでしまうから仕方なくやるしかないだけなのだが、やるせなかろうが仕方がなかろうが、起き抜けから日々そのルーティンを実行できるというメンタリティはもはや、立派な”意志”に違いないはずなんである。

 

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ルーティンをこなしたからと言って、傷めた腰が改善するわけではない。

何なら、少しにマシになる程度のことでしかない。

”マシになる”ということは、”マシになりたい”という意思に違いないんである。

”鬱”などと怠けたようなことを思いつきたがる隙など、これっぽちもないはずなんである。

 

 

お客さんより、頑丈な”意志”を手に入れたいのだ

 

嘘だ。

あまりにもはっきりと壮絶な嘘をついてしまった。

自ら語りたがる”意志”などという軽薄な見栄より、お客さんが欲しいに決まっているではないか。

”意志”などという口幅ったいモノなどなくてもバイトでもアウトソーシングにでも勤しめばいい(馬鹿にしているのではない)、しかしながら”お客さんがいない”ということは商売人として、”あたしという一個人の死”を意味するのだ。

 

死にたくない。

 

それは腐っても商売人の端くれたるあたしのくそみっともないほどの意志だ。

ならば、”働いていない”などと何をのどかなことをさもうやうやしく誇りたがったものなのか。

それも”進化”などと胡散臭い言い回しを用いてまで。

 

 

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 商売人として”働いていない”ということを自ら”お客さんの意志”としたがる以上はつまり、”商売として需要がない”ということを意味するのに違いないんである。

あたしはそのことを清々しいほどに自白したに過ぎないのだ。

どうだ、痛々しいほどに清々しかろう。

言いながら涙が出そうだ。

すべては毎朝己に課す起き抜けのルーティンこそがもたらす露出狂のごとき精神的デトックス、人生の羞恥を晒すはた迷惑なひょっこりはんさながらの振舞いなんである。

 

 

あたしはおかしなことなど言っていない

 

商売人として”働いていない”環境になるのなら、”働く”環境を自ら生み出さなければならない。

商売人とは、そういうままならなさのようなことではないのか。

 

おかしなことを言っているだろうか。

 

 

あたしは差し出すことはするが、呼び込むことはしたくない、というか出来ないんである。

気恥ずかしいからだ。

あたしは自分でも気の毒になるほどブスであるつもりはないのだけれど、言うまでもなくイケメンでもない。

それどころかまごうかたなきおっさんなんである。

おっさんなのに、我が娘を病院の診察室に連れ込むと、場違いで若作りのパトロンが若い娘さんに何やら悪さを仕出かしたらしい、といった冷ややかな視線を浴びせられることが常であるくらいには少し、年甲斐のないキャラを発散させてしまう程度のものだ。

 

それにしてもやはり、気恥ずかしいと思ってしまうのだ。

 

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お客さんは、メリットを求めている。

自身が思いついた目的について、少しでも得なものを手に入れたいものだ。

ものだ、などとエラそうに言い切ってしまったが、それは所詮あたし個人の憶測に過ぎない。

しかしながら、大体そんな気がするではないか、というか普通は率先してゴミのようなものを掴みたがるはずもないのだから、それは恐らく憶測と呼ぶよりは事実とした方がコミュニケーションとして円滑な気がする。

 

回りくどい。

 

そうだ、あたしはじつに回りくどいのだ。

商売人なのに、まわりくどい。

何だか胡散臭いではないか。

そうだ、あたしの商売は何だか胡散臭いのかもしれないのだ。

いや、それに尽きる。

尽きてしまう。

 

おかしなことなど、やはり何も言っていないではないか。

 

 

それが”商売”にならなければ、何だかイヤなのだ

 

髪の毛はサラサラであって欲しいものなのかもしれないが、サラサラにすることには興味がないのだ。

 

いや、その言い方は正確ではないのかもしれない。

サラサラにすることを提供することも、求められることにも興味がないのだ。

それは、とても面倒くさいことのような気がしてしまうからだ。

業務や技術として面倒くさい、と言っているのではない。

 

回りくどい言い方をすると、その”精神性”ということに違いないのだ。

 

どうだ、回りくどいだろう。

ちっとも商売らしくなかろう、引くほどに。

 

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あたしんちは、髪を切るのだ。

カラーもする。

パーマは、面倒くさい。

縮毛矯正も面倒くさいが、キライではない。

 

全ては仕事だ。

仕事だと思ってやっている。

サラサラにする、は仕事ではない。

ただの”願望”のハナシだ。

”願望”は、お金で買えるのか。

豪華な食事や宝石のことを言っているのではない。

あたしンちが扱うのは、ただの髪の毛なのだ。

 

あたしたちの仕事は、髪の毛を傷めるのだ。

傷めなければ、実現できないことを仕事にしている。

あたしはたぶん、そんなことをつかまえて”精神性”などとのたまいたがるらしいものなのだ。

 

近い将来、髪の毛は本当に治るものになるかもしれない。

いや、まだまだ十分ではないけれど、徐々に実現されつつさえある。

しかしながら、あたしはそんなことを有難くもどうでもいいと思ってしまうところも、実はなくもないのだ。

 

スマホが行き渡ることで馬鹿が増えたようなことと、よく似た予感がしてしまうからだ。

 

馬鹿とは何なのかはよくわからないが、肌感覚のようなつもりで言ったなら、インスタにタピオカを貼りたがるようなことだと思っている。

小洒落たパン屋がやたらと増えて、ラグビーが盛り上がって、木下ユッキーナがたたかれるようなことなんだと思っている。

 

有吉さんが、”これがにわかの力だよ”と言った、その感覚が庶民の経済を牽引している。

 

あたしは馬鹿なので、その経済に加わることが何だか気恥ずかしい気がしてhしまうのだ。

そんな見苦しいような、せせこましいような気分で、商売をしている。

 

”働いていない”んである。

 

”にわか”の願望は、長らくあたしを生かしてはくれそうな気がちっともしないんである。

 

 

これまでの間ずっと、髪は傷むことであたしたちの”願望”を叶えてくれてきたものなのだ。

あたしたちは髪が傷んでしまうことがとても残念なのかもしれないのだけれど、だからこそ知るべきことはあるような気が、何となくしてしまうんである。

スマホは便利なのだけれど、使いこなし方は所詮あたしたち次第なのだと思うと、あたしは何となく髪の毛は治らなくてもいいような気すらしてしまうのだ。

 

不老不死は、あるいは人類最大の願いなのかもしれないけれど、同時にすさまじく学びを奪う最強の願望のような気がしないでもない。

傷まない、死なないことを理由に、安心して危険に身を晒せることは果たして幸せなのか、便利なのか。

あたしはその答えに、実はあまり興味がないのだし正確な答えが導き出される必要すら感じないのだ。

 

すり減ってしまうからこそ大切にしたくなるのが、例えば精神性のようなことではないのか。

 

 

あたしは、お客さんの”願望”を叶えることで繋がりたいとは、どうやら思えないものらしいんである。

どうせなら、叶わないことを共に嘆いたり、それを当然として受け入れられるような心意気を共に過ごしたい気がしてしまうものらしいんである。

 

 

そんなついでに、たまたま髪を切っているような場所でありたいだけのような気がしているのだ。

あたしはまだ、そんな風には”働いていない”気が、ものすごくしている。

 

”鈍く進化”しないと、自分なりに思う”働く”ことには辿り着けない気がしている。