アラズヤ商店

日々のナマキズ

お別れを惜しむつもりなんてないのさ

過ぎてみれば、あっという間だねえ。

 

と、年末には口々に言われるのですが、そうでもなかったよ、と口々に言っている人はあたしです。

 

恐らく、勘違いではなくまじで、今年は長かったです。

”令和元年”が今年の五月から始まったとか、まじで嘘でしょ、レベルで長かった。

来年は、令和三年です。

なんて言い切ってしまうと、”長かった”という意識のズレは、それにしても所詮一年ですか、と少しがっかりしなくもなかったりします。

 

一年過ごして、一年ズレる、ということは、単純に倍の時間ということだからつまりなんだ? 早いのか? 遅いのか? っていう馬鹿みたいな戸惑い。

あたしは二倍の速さで今年を駆けたのですか?

それとも、半分の速度で何やらすっとぼけてしまったのですか。

 

”早かったねえ”と、”まじで長かった”のギャップには、やはり”速い”のか”遅いのか”みたいなトンマな誤解が棲みついている模様で、たぶん字面的にも明らかなほどに、時間感覚における適切な表記はたぶん、”速度”ではないはずなんですよね。

トンマはそこんとこ、簡単に誤解します。

馬鹿すぎてたまったものではないですね、ずっとそれで生きてきたと思うと正気の沙汰とは思えません。

狂気の沙汰、という言い方もあることを近頃知りました。

そんなことさえ、今年の収穫と言えるのかもしれません。

 

ありがとうございました、勉強になりました、令和元年。

 

 

言い出したらキリがないほどいろんなことがありすぎた一年だったので、その一例として先の慣用句らしきを抜粋して今年という学びを代表してもらいたいと思います。

あたしの学びなんて、たぶんいつもそんな程度のものなのでしょうし。

 

 

悩み多く、問題こそ多く、すっ飛んでいくお金こそ恐ろしく多かった一年でしたが、過ぎてみれば実に学び多く、納得も多く、何なら結構喜びも多かった一年でありました。

地元においては大きな台風被害などもあって、例年よりはやはりなかなか大変な年だったようにも思います。

しかしながら、誰もがそれを受け入れて、毎日酷い渋滞の国道を行き来しています。

そんな中、わざわざお越しいただけるお客さんにはしかし、本当に感謝を思いつかされたこの年の暮れ、ということなんであります。

まじで感謝です。

 

やはり、思うことの多い一年でありました。

 

へんな言い方になりますが、いろんなことがあった一年でしたが、あたしは今年が好きです。

ああ、やはりヘンな言い方になってしまった。

 

過ぎるのが惜しいとは思いませんが、お世話になりました、のような気分を思いつかされる年というのはあまり多くはない気がしているのでやはり、あたしはどうやらこの年のことが好きなようなのです。

 

せめては今年のツメ痕のようなものを拾ってシメシメと懐に仕舞いつつ、新しい年に向かいたいものだなあ、と思う次第なのです。

新しく迎える年も、どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

ありがとうございました、令和元年。

悩み多く、問題も多い一年でしたが、有難くとても鍛えられた一年でありました。

楽しかったです。

ありがとうございました。

 

f:id:arazuya:20191223123300j:plain