アラズヤ商店

日々のナマキズ

片手落ちみたいな進化なら、またしてもケンカだ

 

2025年、人が「買い物」をしなくなる理由

https://diamond.jp/articles/-/229647?display=b

 

 

内容に対してものすごく誇張された見出しですし、読まなくても書いてあることは何となく察しが付く内容なんですけど、気になった人は読んでみてください。

 

単純に何が言いたいかって、そんなことこそあたしの性格をよく知っている人なら聞かなくても何となく察しが付くこととはおもうんですけど、記事に書かれているような購買意識とか、消費者意識が当たり前になるとしても、個人的にはそういう無思考な人が大嫌いなことにはこの先も絶対に変わりない自信が完全にあるので、合言葉は”行列死ね”ですし、5GだろうがD2Cだろうが関係ないです、目的だけにフォーカスして損得勘定だけで選択される商売なんてクソほどの価値もないと頑なに信じて疑わず、この先もこの無思考な社会においてこれっぽっちもバズらない商売を執念深く楽しくブレずに突き進んでいくしかないと当たり前すぎるほど思ってます。

 

世の中がどんなに便利で効率的になろうとも、そこに人間が介在しない理由を目的ばかりで選択したがる人間なんて所詮お客でも友達でも何でもない、という未来をゴリゴリと生きてやる、と本気で思ってます。

 

テクノロジーだけで満たされる人間の満足なんて、そんなものはとっくに使い古された欺瞞に化かした手口じゃないんですか。

テクノロジーを鵜呑みにして弄ばれたがるばかりの人間に用はないし、人間として然るべき意志や判断や欲求に照らした、本来の目的や理由を見失わない価値こそを勝手に生きてやると完全に思ってます。

 

馬鹿なことを言っていると思う人は、アラズヤ商店には近寄ってはいけません。

この前みたいにくだらないケンカをするのはもうご免なのです。

 

人間としてふさわしい進化を遂げたい。

そこには絶対的な意志が必要で、AIに見くびられる程度のものであっていいはずがないと思いませんか普通に。

便利と知性の居場所は、必ずしも同じばかりでもないはずでしょ。

文明をふさわしく享受して生きるには、そこに好意的な疑いを思いつく姿勢を持つことも絶対に必要だと個人的には当たり前のように思うんですけど、何かおかしなこと言ってますか。