アラズヤ商店

日々のナマキズ

3.11を蹂躙するこの国の見えやすいところばっか真に受けて堪るかくそむかつく

明日からウチのお店の近所の橋が開通するらしいという噂を耳にしているのですけれど、それは正確なハナシなのでしょうか。

そんなことよりは明日は3月11日、忌まわしき記憶たる国民の日ですから、ちょっとした橋が開通しようがしまいがそんなことはほんの誤差のようなもので、今月中には通常に交通が再開するらしいのだから結構なことではないですか。

台風被害も記憶の彼方で何だか、少し思い出すようなことではありますまいか。

確かにそこでも人の命は失われていることは忘れてはならんよね人として。

 

 

新型コロナが“あの”外食チェーンを直撃 一方で松屋、スシロー、鳥貴族が順調なワケ

https://www.itmedia.co.jp/business/spv/2003/10/news031.html

 

こんな記事を嫌うつもりはないですし、むしろ世の情勢を知る上では有効な記事ですらあるはずなのですが、そんな情勢における人々の動性がすべからく大嫌いだくそムカつく、といった意志を憚らず開陳してせっかくお寄り頂いた皆様の気分をすべからく台無しにするあたしの性質は何となくならずムカムカとお気づきのことでしょうまさにその通り。

 

 

需要があって活用されて、事情があって敬遠される。

そこに罪も残酷もありはしないただの情勢に尽きる人々の動性ということで、商売というものはそんなままならなさこそを織り込み済みにおいて”ようこそいらっしゃいました”、”ご利用いただきありがとうございます”と平身低頭群雄割拠のサービス業界において一にも二にも選ばれたい覚悟であれやこれやと差しだし編み出し食らわせるわけですが、そいつはどうもと必要な時だけは選びたくて損したくなくて人より得をしたいようなくそムカつく魂胆ばかりで有難がりたいようなくそ面白くもない経済効果を貪りつくしてそんなものこそを商才だのビジネスセンスだのと追随したがるようなお鼻の高で性悪みたいな趣味はこれっぽちもないぜよ、と散々っぱら申し上げております通りまったくどうにも生きにくい人生いわんや経済社会を完璧すぎるほど食いっぱぐれつつ何とか生きながらえているわけなんです一体どんな意地なんですかわれながら意味がわかりませんが正真正銘の本性なので裏切れません誤魔化せませんただしうらぶれることは惜しみませんってなんのことやらもう全然わかりませんね独り言の延長線上でありますから音読にてリズムのもお楽しみいただけましたなら幸いです呪詛です呪文ですそんな文章も悪趣味も無料でやっていることなのでご容赦いただきたいです何卒どうか。

 

 

 

自分の苦しみより、他人の苦しみを理解してこその商売なのだそうです。

 

あい、了解いたしました。

ずっとここまで生きながらえさせていただいたんですよ、こんなくそみっともない死にぞこないのおっさんが。

わかりますか。

よくやった、自分。であります。

 

そして、まじでありがとうございました。皆々様。

 

 

ここまで頑張って、皆さんがいなければ今日のあたしの気まぐれは絶対に存在し得なかった。

そう感じさせられるばかりなのです。

それがあたしの商売ということであったなら、何とも幸せなことであったと、つまり”自分の苦しみより、他人の苦しみ”の先にようやく成立するらしい”商売”というままならなさを、あたしは実に静観しながら何一つ挑まないことを選択するべきのような気がふつふつと湧いて溢れて仕方がないのです。

 

”商売”という戦略や意欲に悉く反応せしめるスカポンタンこそに苛立ちを抑えきれないような己のみの潔癖にこそ”商売”というものを見通したがるなら、あたしはやはりあたしとして例えば今現在という側面において何かしら効果的であるようなことを訴える術を思いつきたがる術こそなきものであるべきであろうと、正義の如く思いつかずにはいられないわけなんであります。

 

何しろ、今に即した需要に現れること如くがくそムカつくと白状せずにいられない以上、そんなものどもから何かをせしめようなる”商売”とはつまり、あたしばかりのくそくだらない不愉快にこそ直結するもので、あたしという人生たる生き方に悖る下卑た行為としか思い当たりようがないものなのです実に申し訳ない。

 

 

 

だって、どうせそんな気分でないことがこの世の倫理で知性で常識で良識で利口っぽさみたいなことでしかないんでしょ。

そうして守りたい大事な人生や運命を、家族や愛する人たちと安全に安心に生きてほしい。

 

あたしだって、今日も別に暮らす娘にマスクとお店で使っている消毒用のアルコールを授けました。

その程度で十分に生きていけるさ人類なんてものはな。

人生なんてものはもっと困難で具体的かつ意志的に立ち向かうもののはずなんであるよ、とまでは言わないですが、そんな物しか授ける術がない世の中なんてくだらんよな、くらいのことは言いたかったけれど仕事に向かうのに忙しい彼女を引き留めるのもアレなので、「ペットボトルばっかため込むんじゃねえよ」とだけ伝えて見送りました。

 

全然平和だ。

ざまみろ何とかウイルスごときが人間ナメんなくそムカつく。

 

 

 

どうなるかなんて、そんこと知らん。

とにかく、商売のことは特別なことは何もしないと決めました。

どうせ需要もないし、期待もしないです。

あたしはそんな”商売”になど興味はないから、あっさりと見放してシカトしてやる。

 

こんなさなかでも出かけてくれる人ばっか有難くて、そんな陰であえて訪れないことを気遣ってくれている人のことなど、退屈過ぎて感謝する余裕もなりません。

守りたがる人に、あたしなんかが出来ることなんて何一つないからです。

せめては、あたしは苦しみ何てことはこんなくそくだらない騒ぎよりもよほど苦しくて悲しくてやり切れないことばかりを人生の早いうちに体験し過ぎてしまったのでもはやまともに付き合い切れそうにないですし、だからこそ理解しましょう、守りたがることに必死のみなさんの不安や苦しみを許して放っておいてあげることにします。

 

うちに何て来ることはないです。

何しろあたしは馬鹿馬鹿しくて機嫌が悪すぎるし、どうしてもやらなければならないことがやれるのかやりきれるのかまじでキツいことになってきているからそのことばかりが頭から離れなくて商売どころではないし、そもそもそんな程度の覚悟でしか商売なんてやってこなかったんです。

 

まじで清々しいや。

 

 

全部ナシにしてサラになりたいなあ、この騒ぎがただの退屈に変わる頃には。

そんな頃にあたし自身がどんな気分で目の前の事態を受け入れられるものなのか、あたしはそんなことこそを嘘やらごまかしという正義に化かしてまで向き合いたがる趣味なんてこれっぽっちもないことを、せっかくのこんな時にかまけて白状しておきます。

 

 

どうせ誰もこんなこと言ってもわかんないだろうけど、わかられてたまるかと思っているから大丈夫です。

 

 

 

あたしはやっぱり何度も言いますけど、この世の一番目に見えやすいところが大嫌いで、そんなもんこそ馬鹿の嘘ばっかだって普通に思ってます。

 

それをわかってくれる人しか好きになれないから、ハッキリさせてやる。

そのためにちょうどいい機会だと思っています。

 

 

この世は絶対に変わるべきだと完全に思ってます。

馬鹿と呼ばれても全然平気です。